天の神様にも内緒の 笹の葉陰で


     6



食休みをしてから、さてと腰を上げ、
お買い物にと揃って出て来たのはご近所の商店街。
いつもと違っての お昼下がりという時間帯まで
ちょっぴり出遅れちゃったのに、特に理由はなく。
強いて言えば、
急がないと売り切れそうな特価品てのが、
今日は なかったからというところかと。
他愛ない話をしつつ、アーケード下のメインストリートへ到着すれば、

 「あら、イエスちゃん。ブッダさんもこんにちは。」

今はお客様の波も途絶える時間帯なのか、
店の前に出てお掃除をしていた雑貨屋さんの奥さんが、
ちりとりを片付けながらこちらへお声をかけてくる。
カタカナのロゴTシャツ好きな、気さくな外人さんとして、
すっかりと顔馴染みな間柄だからこそのこと、
こちらからもにっこり微笑って
こんにちはとお辞儀つきのご挨拶を返した二人だが、

 「あ、七夕のポスター♪」

奥様の方の向こうに、イエスが目ざとく見つけたは、
こちらのショーウィンドウにも貼られてあった、
七夕祭りという小さめのポスターだ。
そんなお声へ あらあらと嬉しそうに笑った奥様、

 「そうなの、
  いつもはお盆前の大売り出しだけなんだけど、
  ほら、今年は消費税が上がったりして、
  何かと振り回されちゃったでしょう?」

どうだったんでしょうね、あれ。
上がる前に高価なものを買う人が殺到…とか言われたけれど、
普通一般の生活を見るならば、
日用品などは 四月以降買い控える人も出たでしょうから、
毎日のお買い物で縁のあるお店ほど、
うっすらした打撃を受けまくってたことでしょうね。

 「それで 景気づけもかねて、
  賑やかなことをしようってことになってね。」

イチオシは やっぱりお宝探しだけれど、
織姫様コンテストも、結構 申し込みが来つつあるんですってと。
言いつつ“ふふふーvv”という
どこか微妙なお顔をした奥さんだったのが、

  「???」 × 2

これにはイエスも心当たりがなかったか、
ややもすると怪訝そうに小首を傾げていたけれど。

 「そうだ、イエスちゃん。
  この際だから、噂のカノ女さんと一緒に出れば?」

我ながら“ナイス・アイディア”だと思ったか、
エプロンを掛けた胸の前にてパチンと手を合わせ、
そうよそうよvvと ますますと楽しそうに言い重ねるものだから、

 「えっと? 一緒にってのはどういうことでしょか。」

イエスのカノ女というのは、
言うまでもなく…と言うのもなんだが、
今もお隣にいるブッダが、
何かの拍子に螺髪を解いてしまった姿のことで。
それをたまたま遠目に見ちゃった人たちが、
いつもイエスと共に居るようだ…というところから、

 『ややや、すごい美人だぞ。さてはGFさんでは?』と

そんな変換をされたまま、
じわじわと噂だけが広まってしまっており。
イエス自身が強く否定しないこともあって、
もはや ほぼ鉄板の“事実”とまで認定されている模様。
ただ、間近でそれと確認した人もないことから、
そこまで鉄板視されつつも、やや微妙な、
言ってみりゃあ 非公認状態とも言えて。

 《 何ですか、そりゃ。》
 《 新種のUMAみたいだよね。》

誰がウマですってと、
実は知らない用語だったらしい釈迦牟尼様が
ちろんと眇めた視線を寄越したため。
ありゃしまったと、
思わぬ流れ玉へイエスが竦み上がったのは ともかくとして。(笑)

 そんなカノ女さんと一緒に…とは、一体どういうことなんだろか?

話が見えぬと小首を傾げる彼らなのへ、

 「ほら、これvv」

七夕イベントのポスターの下、
参加申し込み書を綴じて提げてあるのを
わざわざ持って来てくださったのだが。
織姫様コンテストへのチラシには、

 『スペシャル特典!
  壇上までのエスコート役の“彦星”には、
  商店街関係者に限り リクエスト応じます。』

参加条件の項目よりも大きな字体にて、
そんな文言が掲げられてあって。

 「企画立てて、司会は進行は…って分担を決めてたときにネ、
  サクラじゃないけど、自分も出るって言ってた酒屋のお嬢さんが、」

  今時の女の子は 結構お元気で勝ち気だけど、
  それでも こういうのって
  見世物になるよでヤダって声も多いんだよね

それでなくとも、
審査員の人たちに勝手に順位つけられるんでしょ?
何かもっと嬉しい特典がないと、
賞品あげますってだけじゃあねと提案したそうで。

 「じゃあ、ウチの商店街の自慢のイケメンたちを、
  誰でもエスコート役にリクエストしてもらおじゃないかって。」

実行委員の皆さんで ワッと盛り上がったノリで、
そういうことに決定してしまい、
駅前なんかで先週からチラシを配り始めたら、

 『あのあの、イエスさんもこちらの関係者ですよね?』
 『だって時々バイトしてるんだしvv』
 『あ、それ言ったら、
  ブッダさんだって、こないだパン屋さんでバイトしてたよ?』
 『きゃあ、そうだった〜vv』


  「…………え?」 × 2


近隣のガッコへ通う女子高生たちの食いつきが、
半端なかったらしくって。

 「その場だけでの盛り上がりかと思ってたら、
  参加申し込みも予想以上に多めなんですってよ?」

 「わぁお。」
 「えっとぉ…。///////」

そんなの全然聞いてないという運びへ、
それぞれに ただただ呆然としている二人なのへ。
いやぁねぇ、二人ともモテモテvvと、
無邪気にふざけてくださった雑貨店の奥様、
勢いづいたお喋りは、もちょっと続き、

 「イエスちゃんには 噂になってるカノ女さんがいるから、
  そこはもう いろんな意味から断りたいだろうけど。
  なかなかねぇ? キッパリ断りにくいかもしれないし。
  だからもうもう、
  いっそ そのカノ女さんを
  エスコートする格好でお披露目しちゃえば、
  有無をも言わせぬ
  “売約済み”って宣言にもなるんじゃないかって…vv」

いえね、商店街の婦人部で
何かそんな話で盛り上がっちゃってと。
ご本人は“ほほほほ…”と
あくまでも井戸端会議レベルの話として笑い飛ばしておいでだが。
結構 重大なというか、
破壊力の大きいことを告げてくださったものだから。

 「…いや、あの。/////////」
 「それって…。////////」

部分的に理解不能な言い回しもあり、
どう対応していいものかと、ドギマギする最聖のお二人としては、

 話を戻しますけど、それじゃあ今のままだと、
 イエスが複数の女子高生から
 指名の奪い合いになっているということでしょうか

ここを奥さんに訊きたいブッダ様と、

 売約済みってのがよく判らないんだけど、
 ブッダを恋人ですってエスコートしてもいいってことなら、
 ちょっと心が揺らぐんですけど

ここをブッダに訊きたいイエス様だったようですが。(笑)

 「まあ、今週中の水曜辺りに締め切られるそうだから、
  それから、実行委員長さんが打診に行くと思いますよ?」

何にも知らないままというのじゃあ、
イエスちゃんもカノ女さんに話しようがないでしょしと。
これでも良心的に、前倒しで教えてくださったつもりらしい奥様なのへ、

 《 いやいや、
   その前にまずこっちへ訊いてくれなきゃでしょう。》

 《 だよね。
   候補に上がってるよって判った時点でとかサ。》

それとも、コンテストへの応募者が多いことと、
そこに私たちへの指名がくっついてるってところは、
まだまだ奥さんたちの単なる推量って段階で。
チラシに食いついた女の子たちが集まって来て どっと沸いたものの、
そこはやっぱり、
実際に名指しって格好での指名はないんじゃあ…と。
聖なる開祖様お二人で、
清かな眸と眸を、困惑半分に見交わしていたのだが、

 「でもホント、イエスちゃんたら人気者なのねぇ。」

  はい?

 「他所から来てまで
  逢いたい見たいって人がいるとは思わなかったわぁ。」

  他所から?

 「ええ。」

奥様が言うには、

 「ここいらの人なら、
  イエスちゃんのことはみんな知ってるほどでしょう?」

少なくとも、風貌を御存知ならば、
そのままその場でお名前も聞けるようなほど、
親しまれている彼であり。

 「不思議な尋ね方をするお人でね。
  イエスさんという人を知りませんか、ではなくて。
  ジョニデ似で、でも気取ってはいない、
  トゲトゲのカチューシャした、ロン毛の南欧系の外人さん。
  日本語が上手で、バカンスなのかお勤めしている風じゃなくて、
  やっぱり外国人のお友達とシェア生活をしているとか。
  そういう人が この商店街によく来ると伺ったんですがって、
  結構細かく丁寧に訊いて来た人があって。」

…それはまた。
確かにそれって、物凄く絞り込んでるよねぇと、
ブッダとお顔を見合わせかかったイエスだったところ、

 「☆〒※◎@〜っ!!!」

何とも言い難い、
半分噎せたような声だか音だかが背後から聞こえて。
何だ何だと、それへこそ驚かされたよに振り返れば、
お茶屋さんの“新茶はいかが”という立て看板にすがるようにして、
何かに噎せたか、ひどく咳き込んでいるお人がいる。
アロハ風の開襟シャツに、着ならしたズボンも味のある、
若手のチンピラとは重みが違う着こなしの、その筋のお兄さん、

 「竜二さん?」
 「え? まさか此処で訊き込みしてたっていうのは、」

 「いえいえ、そちらのお兄さんなら、
  鎮守のお祭りなんかでお顔も合わせてて知ってますよぉ。」

コロコロコロと楽しそうに笑いつつ、
怖がりもしないという方向で大物な奥様の言いようはさておき(おくのか)

 「そそそ、その、イエスの兄貴を訪ねて来た人ってぇのは、」

そんな竜二さんご自身も関心がお在りか、
大きに噎せていたのも何のその、
息せき切るよに訊いてみせるものだから。
あらあらイエスちゃんたら人気者と、目許を細めて微笑ってから、

 「品のいい私服姿だったけれど、
  年頃で言えば女子高生くらいの子だったわよ?」

もうもう、どこで見初められたやらvvと。
あくまでも“どこか遠くで見初められて探されてるよう”だと、
そんな想像の翼を広げておいでらしい奥様なのへ、

 「いやいや、そんなの覚えが在りませんて。」

やだなぁと、
そこいらへ熱量もて浮かんでいる妄想ごと
払って吹き飛ばしたいかのように。
ぶんぶんと手を仰ぐように振り回しては
ないないそれはないと否定しまくるのみの神の子様だったが、

 「………。」

どこか感慨深げな顔付きとなり、
これは大変と眉をしかめてしまった極道のお兄さんと、

 「……。」

しょうがないなぁもうと、
こちら様はさすがに 慣れたか諦めたか、
“宗教世界のカリスマだもの しょうがない”と、
その豊かな胸のうちにて、
どこかの相田みつをさんのような言い回しをしておいでの
釈迦牟尼様だったりするのであった。





     ◇◇◇



それじゃあと会釈をして、その先のデイリースーパーまでを進みかけ。
そういえば、竜二さんは何か御用でも?と訊こうとしたものの、

 『ありゃ、いない。』

雑貨屋さんの前からどころか、
一応左右を見渡した、アーケードの下のどこにも見当たらぬ。
たまたま通りすがっただけだったのかしらねと、
小首を傾げ合ってから、
ま・いっかと、今度こそお買い物目指して歩き出し。
今日はキーマカレーと枝豆入りのポテサラにしようねと、
慣れたメニューへの宣言をしてから、
野菜や香辛料の売り場を回ってお会計へ。
最後のズッキーニを通しかかったタイミングへ、
ひょいと遅れてカゴに足されたのが、

 「あ…。」
 「ごめんね、どうしても食べたくて。」

ようよう熟していそうなトマトが2つほど。
パックされてあったのをそのまま、
レジのお姉さんが受け取ると、バーコードを読み取って通し、

 「1,822円になります。」

にっこり微笑ってくださったのへ、
ああはいと微妙に間をおいて、財布を取り出したブッダであり。

 “…そうだった。”

今日はカレーだと決めたのは、
朝のうちに観ていたテレビで
トマトベースのキーマカレーというのが紹介されていたからで。
安いときに買って常備しているホールトマトの缶詰も
こないだラタトゥユに使っていたから、
買って来ないとねとそんな話もしていたのにね。
支払いが済んだカゴを、
トートバッグへ詰め替える台まで手際よく持ってゆき、
今日は卵や豆腐はないねと、
入れ替えに工夫や注意のいる商品がないの、
確かめてくれたイエスなのへ、

 「…うん。」

頷いたブッダが、そのままもしょりと続けたのが、

 「ごめん。
  私ったらまた、もぞもぞしてたらしいね。」

いい加減に慣れなきゃあとは思うのだけれど。
それでもやっぱり、
イエスにうら若いお嬢さんたちが殺到する図は、
想像するだけでも落ち着けないこと。
どんなに平静を保とうと思っても、
心のどこかに ささくれがピコリと立ってしまうようで。
そんなせいで隙が出来ていたことを思い知らされ、
いかんなぁと肩を落としてしまった伴侶様へ、

 「何を言ってるの、もう。」

トートバッグの口を広げつつ、
イエスが ふふーと小さく笑い、

 「私なんてせいぜい、暇つぶしのお喋り相手だよ。」

今時の子ってのは、
名前を知らなくとも顔見知りはそのまま友達扱いで、
話が合えば、もうお仲間なんだってよ?と。
そうそう特別な扱いはされてませんと いなしたものの、

 「そんなことないよ。」

重たいものから順番に、バッグへ詰め始めつつ、

 「私も時々、一人でいても声かけられることがあるけれど。」
 「…おや。」

ブッダからの意外なお言葉へ、
今度はイエスの手が止まったものの、
それへも気がついたかどうか。

 「訊かれるのはいつも、イエスのことばっかだもの。」

本人へグイグイ行かないのは、
含羞みとそれから、
本気な気持ちが挫かれないようにって気弱さの裏返し。
その分、親しい私へいろいろ訊くなんて、
底知れないほど関心はありますってことじゃあないの?と。
お互いへしか届かぬよう、ブッダがこそりと囁けば、

 「ブッダったら、随分とヲトメ心に精通して来たんだね。」

また拗ねさせちゃったと狼狽えもせず、
またそんな疑うような言い方してと憤慨もせず、
はたまた、性懲りのない繰り言かいと呆れもせずに。
話に上ったお嬢さんたちへじゃあない、
目の前にいるブッダの心持ちへの感触を語るイエスであり。

 「何だよ、それ。」
 「だって。」

玻璃の眸をやんわりたわめ、ふふ〜んと悪戯っぽく微笑うと、

 「お嬢さんたちが 私のことを訊こうとしてキミへ話しかけてるのはサ、
  私をダシにして、キミとこそ何か話したいからかもしれない。」

 「そんなの…。」

ありえない?と言葉尻を奪うと、
でもさと、続け。

 「ブッダから何か訊いたって子は、今のところいないもの。」

断言するよに そうと言い。
昨日 銭湯でのぼせかけたんだよとか、
靴のサイズはとか、
実はライダーや戦隊ものも欠かさず観てるとか、

 「そういうの、
  もう知ってるって顔になるよな子はいた試しがない。」

 「…えっと?」

何が言いたいのかと、ブッダがやや惑うよな顔をすると、
愛しい人へ殊更に目許をうっとり細めたヨシュア様、

 「ブッダからも見覚えのある子が
  私のことを訊かせてと声をかけてるんだとしても。
  訊いたはずの“私について”なんて
  どうでもいいから忘れてるんだ。」

それってつまり、

 「その子には、ブッダこそが本命だってこと。」

 「…………あ。え? あ、でも…あれ?///////」

話をしつつでも、毎日のことゆえに身支度も終えており、
スーパーから出ると、既に足は帰途についていて。
とある事情からそうそう走れない分、
ムキになったりすると結構速足で進めるようになった彼らなので、
そこまで意識していたかどうかは別にして、
食いつくように歩調を合わせないと聞き取れないのも この際は好都合。

 「えっとぉ?」

イエスの言いようには破綻がないけれど、
だったとして、じゃあ…あれれ?と。
同じ風景に間違いないのに、
別の角度からの構図がなかなか把握出来ぬこと
今度はブッダが混乱している様子であり。

 “まったくもうは こっちもなんだよ?”

ついのこととて焼き餅焼いては自己嫌悪するのがセオリーと、
毎度の悪循環へ消沈しかけた如来様へ、
そうは行かせぬとそんな論旨を持ち出したイエス様。
相変わらずのかわいらしい焼き餅へ、
そんなに好かれているなんてvvと、自分ばかりが喜んでもいられぬ。
生真面目なお人だもの、
そんな自分がイエスの傍にいるのが許せぬだとか、
とんでもない方向へ迷走したら、それこそ大変。

 “こんなにも好きだと連呼しているのにね。”

どこの誰が言い寄ろうと安泰だと思わせるには、
まだまだ何か足りないのかなぁ。
それとも連呼されるうちに マヒしちゃったとか?
駆け引きなんて知らない身には、うっかりも油断も許されず、
ああでも、勝手知らずゆえの、じっとじっとという見守りでいいなら、

 “それこそお任せってねvv”

柔軟なんだか不器用なんだか、
根気がないんだかあるんだか。
やっぱり“不思議ちゃん”な面目躍如ということか。
お空の上での一年越しのデートにちなむ 七夕様を前にして、
こちらはこちらなり、
甘い恋情を育んでおいでのお二人であるようでございますvv







       お題 * 『カレーのお供で 千日戦争?』



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  *前の章はあまりに短かったですね。
   といいますか、
   イベント騒ぎと、人探しされてるフラグと、
   どうつなごうかと思案中だったもので、
   長さにばらつきが出てしまってすいませんです。

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

拍手レスもこちらvv


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